ご案内お知らせ短編連載「マスカレイド」書評動画
自作小説(短編中心)と書評(というか感想文)。 ジャンルはミステリィが主体です。
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2006.11.24 Fri
「――俊一君、私のこと好きでしょう」
「え」
 終業式の帰り道。
 真上からまっすぐ降り注ぐ夏の太陽の下、俺は足を止めた。
 式と担任の話だけだから、学校が昼までで終わって、明日から夏休み。ちょっと浮かれながら歩いていたら、突然後ろから声をかけられて。振り向くまでもなく、七海。
 意識して無表情を作り、振り返る。
「いきなり何だよ七海。何でそうなるんだ」
「いつも私のこと見てるから」
 七海は俺の顔を覗き込みながら、言う。
 ――気付いてたのかよ。
 恥ずかしい。恥ずかしすぎる。
 七海は俺の所属するバスケ部のマネージャ。三年になってクラスが一緒になって、それから随分親しくなった。家も近くて、一緒に帰ることになることもしばしば会った。だけど、それは友達としてで。――まさか、バレてるなんて考えてなかった。
「――好きだよ」
 半ば自棄になって、俺は言ってしまう。
「つか知ってたんならもっと早く言えって。俺すっげえ情けねえじゃん」
「ありがとう」
 俺の照れ隠しを、七海は笑顔一つで受け流す。
 七海は笑顔が、似合う。
「――七海はどうなんだよ」
「何が?」
「その……、俺のこと、どう思ってるのかってこと」
 割と勇気を出して口にしてみたのに、七海は答えずに、俺を抜かしてすたすたと先に行ってしまう。おいおい。どんどん七海は遠ざかる。――え、あれ、嫌われたのか、俺? まさか、まさかね、そんなことは。
 追いかけるべきなのかどうか、困って立ち尽くしていると、七海は振り返って、不思議そうな目で俺を見ると、どうしたの早く行こうよ、と言う。何だそれは。
 大股で歩いて七海の小柄な後ろ姿に追いつく。一言言ってやろうと思って俺が口を開きかけたとき、七海は突然立ち止まって、空の一角を指差した。
「飛行機雲」
 見上げると、ジェット機らしい飛行機の翼から、二筋の雲が一直線に伸びている。それほど長くもないし、大分掠れてもいるけれど。でも何だか清々しい。青空を割る、白。
「そういやさ、飛行機雲って雨の降る予兆なんだって」
 ――反応なし。
 トリビアで気まずい空気を振り払おう作戦、失敗。
 自分で振っといてシカトはなくね? と批難するつもりで七海を見ると、彼女は飛行機雲をじっと見つめたまま……、ぼそぼそと、口の中で何か唱えていた。
「……………ますように、………犬が……保険……………」
 ――怖いよ。
 仕方なく、俺も飛行機雲に目を戻す。
 ――何の変哲もない、飛行機雲なんだけどなあ。
 しばらく眺めていると、飛行機はその辺の雲に隠れて、後ろを走っていた飛行機雲も段々霞んで最後には見えなくなった。
「あーあ。また間に合わなかった」
「何が?」
 残念そうな七海に短く問うと、「願い事」と返ってきた。
「願い事?」
「そう。夏の飛行機雲が消える前に、三回願い事を唱えられると叶うんだって」
「どこの迷信だよ。そりゃ流れ星だろ」
「飛行機雲もだよ」
「――つうかさ、飛行機雲消えるまで結構時間あったじゃん。三回唱えるとか余裕でしょ? あ、あれか、早口言葉苦手とか?」
「たけがきにたけたてかけたのはたけたてかけたかったからたけたてかけた」
「うわめちゃ速いし」
 七海は小さく溜め息を吐く。
「――願い事が、長いの」
「は?」
「私、すごく細かいとこまで考えちゃうんだ。例えばね、今唱えてたのは将来の夢なんだけど。進学校に受かって、そこそこ有名な大学に進んで、大手の保険会社に就職。ノルマに追われて忙しくも充実した毎日を送る一方、休日は1LDKの小洒落たマンションでチワワを撫でながら独り読書をする」
「確かに長いなあ」
 七海の将来の夢ってキャリアウーマンなんだ。初めて聞いた。
 何かちょっと、寂しい夢だと思ってしまうのは何故だろう。
「でもさ、だったらどっか削れば良いと思うじゃない? それがね、だめなの。どこをとっても大事に思えてくる。具体的に考えすぎてるんだよね、きっと」
 俺にはよくわからなかった。
 将来の夢とか、まだ全然考えてない。だってまだ中学三年生、社会に出るのは遥か未来の話だ。今が楽しければそれで良いし。
「ふうん。別にさ、ただの願い事なんだからそんな複雑じゃなくても、『幸せになれますように』とかでいいじゃん」
 俺は大して考えずに口にする。
 七海は一瞬押し黙る。そして俯きながら。
「――ねえ、幸せになるってことはさ、誰かが不幸になるってことじゃない?」
「へえ?」
 そんなことを言われるなんて思ってもみなかった。
「私一人だけ、幸せになるなんてさ。嫌じゃない? それに幸せになればなるほど、みんなから羨ましがられて、妬まれるんだよ。私は耐えられないな」
「それこそ考え過ぎじゃね? 俺は努力した奴は幸せになるべきだと思うよ」
 この前読んだ漫画の受け売りだけど。
 しかし、今日の七海はどこかおかしい。何かあったのか。
「――私、努力してるかな」
 小声で。
 七海はぽつりと俺に問う。
「してるしてる。勉強だって頑張ってんじゃん。テスト前なんて俺いつもお前に教えてもらってるしさ。部活だって、マネの中でお前が一番出席率良いし」
 だから好きになったんだ、と心の中で言ってみる。
 それでも、七海は足下を見たままだった。
 いつも元気な七海が。
 好きな女の子が目の前で何やら沈んでいて、放っておくのは男じゃない。
「――何か悩んでんだろ? 聞くぜ」
 俺は精一杯格好を付けて、そう呟くように言った。
 すると顔を上げて七海は。
「――なあんちゃってえ!」
 おどけた様子で、にっこりと。
「はあ?」
「『何か悩んでんだろ、聞くぜ』だってー! さすがバスケ部エース、女の子の口説き方、わかってますねえ」
 俺の声真似までして、けらけらと、七海は笑う。
「って、七海、からかったのかよ」
「あったり前じゃん。もし悩みなんかあったって、俊一君に相談したりなんてしませんよーだ」
「ひっでえ」
 さすがにそこまで言われると傷つくんですけど。
 拗ねた振りをして、歩調を速める。
「あ、怒った?」
 七海が小走りに追いついてくるのを感じながら、俺は振り返らない。
 全く、今日はことごとく情けないなあ、俺。
 片思いが相手にバレてるし、告っても返事は返ってこないし、相談に乗ってやろうとしたら馬鹿にされるし。――うわ、考えてみたら相当悲惨じゃん。
「――ごめんね、俊一君」
 後ろから、七海。
 泣きそうな声だった。慌てて、俺は振り向く。
「や、別に。怒ってねえし」
「違うんだ。その話じゃなくって。――今日ね、私ちょっとへこむことあってさ。でもだからって別に相談に乗ってほしいとかそういうことじゃないの。ただ何でもない、普通の話がしたかっただけ。私のこと、無条件に受け入れてくれる人と。――ずるいよね、俊一君が私のこと好きだって気付いてたから、利用した。だから、ごめんなさい」
 目を合わせたまま。
 七海はそう言った。
 楽しそうに、笑ってみせようとする、七海。
 痛々しくて。
 何があったのか。もう一度問いただしたかった。
 利用したとか、そんなことどうでもよくて。
 むしろもっと、甘えろよ。
 そんな辛そうに、耐えてみせるなよ。
 俺は七海の壊れてしまいそうな笑顔を見ていられなくて。
「だめだよ、私を甘やかしちゃ」
 俺が口を開こうとするのを察した七海は、ぴしゃりと俺を拒絶した。
「さっきの質問の答え。私が俊一君のことをどう思ってるか。――それはね、仲のいい男友達、だよ。私、他に好きな人いるから、俊一君の思いには応えられない。ごめんね?」
 もう七海は、笑おうとしない。
 表情を消して、言い切った。
 俺は何て言っていいのかわからなくて。
 黙っていた。
 歩く。
 しゃあしゃあしゃあしゃあ、
 ああ、クマゼミが鳴いている。
 二人の沈黙を際立たせるように。四方で、蝉の声が。
 後三分くらいで七海の家に着くという辺りの、コンビニの前の横断歩道。信号が青に変わるのを待っているとき、七海は思いついたように、唐突に踵を返した。
「あ、私、コンビニ寄って帰る。――また明日」
「おう」
 そうだ、学校は休みだけれど、明日は部活がある。
 ――明日も、七海と顔を合わせる。
 今まで通りに振る舞えるだろうか?
「――これからも、良い友達でいようね」
 七海は俺の不安を悟ったように、そう言って微笑んだ。
 それは本当に穏やかな笑顔だったから。
 俺も微笑み返して、手を振った。
 信号が青に変わって。
 歩き出した俺は、振り返らなかった。

◆ ◆ ◆

 私は、彼の白いシャツが遠ざかっていくのを、見送っていた。
 黒々としたアスファルトが、鈍くてらてらと光っている中で、彼の背中だけが涼しげに進んでいく。身長が高くて足が長い彼は、ただ歩いているだけでも映える。
 コンビニによるなんて勿論口実で。
 ただ、我慢できなくなっただけだった。
 私の嘘に傷ついた彼の横に、並んで歩くことに。
 仲の良い男友達、だなんて。
 そんなわけがない。
 彼が私のことを好きなのだとわかったのは、私も彼のことが好きだから。
 彼が私のことを見ているのに気がついたのは、私も彼のことを見ていたから。
 そうなのだ。
 私は俊一君が好きだ。
 彼は私のことを努力していると言ったけれど、彼が苦手なシュートを、誰よりも沢山練習していること、私は知っている。みんなは試合で大活躍する彼だけを見てきゃあきゃあ言っているけれど、一人で黙々と、ゴールを睨めつけてボールを投げては拾い続ける姿があってこそなのだ。私はそんな彼が好きで。
 今日、帰り際。
 クラスメイトに呼び止められて、こんなことを言われた。
「ねえ、あんたちょっと調子乗ってんじゃない? 俊一君に馴れ馴れしく話しかけ過ぎ。付き合ってるわけでもないんでしょ? 図々しくない」
 彼女が俊一君に気があることは一目瞭然で、いつかは言われるんじゃないかなあと何となく予想していたことだったから、驚きはしなかった。あんたに言われる筋合いはない、と言い返そうとしたけれど、できなかった。
 だって彼女は本気だったから。
 ――幸せになるということは、誰かを不幸にするということ。
 そう言った私に対して、彼はこう答えた。
 俺は努力した奴は幸せになるべきだと思うよ。
 私は、努力を、していない。
 彼に振り向いてもらうための努力。気を引くための努力。
 彼の私への好意を知っていたから。だから何の努力もしなかった。
 私は知っている。俊一君と共通の話題を持つために、彼女が今まで全然興味のなかったテレビのお笑い番組を見るようになったこと。好きなタイプは、と訊かれた彼が「髪の短い子かなあ」と答えたのを聞いて、次の日には自慢のストレートヘアをバッサリ切って男の子みたいな髪型にしてしまったこと。
 彼女は真剣に、恋をしているじゃないか。
 ――私は、卑怯だ。
 だから、私は彼の隣に相応しくない。
 いつか、この夏の初めの鮮やかな別れも、朧げな記憶になってしまう日が来るだろう。
 ひねくれた夢を託したあの飛行機雲が、掠れて見えなくなってしまったように。
 彼も私も、お互いへの想いを忘れて。
 生きていくだろう。
 まっすぐに。
 次、誰かを好きになるときは、きっと本気で。
 誓う。
 だから今は、少しだけ彼との思い出に浸ろう。
 空を仰ぐと、青一色で。
 あまりの明るさに、思わず瞼を閉じると、
 白い二筋の軌跡が、浮かんで消えた。


◆ ◆ ◆

あとがき。
――え? 「複雑」があんまりストーリィに絡んでない?
女心は複雑、ということで……。
年齢設定が中学三年なのは、作者が最近「エ」で始まって「ア」で終わるマガジンで連載している某漫画にはまっているためでしょうか……あれ、そういえば今回の主人公あのニット帽にキャラが似てるような……?
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しましま1号
ほんと、「とりねこ」さんがこんな話書くとは・・・。想像以上にストーレートなお話で ほんと、方向転換したとしか思えない感じだね。

 たまにはこんな感じの瑞々しい話も和めて良いんじゃないスか。

PS今回はちゃんとコメントに書いたよ♪
2006.11.25 Sat 19:52 URL [ Edit ]
とりねこ。
感想ども♪
書いた本人は和むどころか恥ずかしくって、穴があったら入りたい気分ですよ(笑)
2006.11.25 Sat 20:08 URL [ Edit ]
ああ俺こういう話の方が好きかなぁ。。。ただ最後まで少年の一人称だけで終わってたら何でもなかった気がする。女の子の視点も終わりに入れることでずいぶん世界が広がったと思う。
「複雑」は個人的には盛り込まれてたと思うけどね。それにしてもいろんなの書くね~
2006.11.27 Mon 17:52 URL [ Edit ]
とりねこ。
K君ありがとう!
もし「こういう甘い話は鳥肌が立つ」とか言われたらどうしようってビビってました(笑)
これだけ短い話なら、本当は視点を変えずにオチまでもっていくのが定石だよなあ、と思いつつ、うまい方法が思い付かずやっぱり変えてしまった……。
2006.11.27 Mon 18:06 URL [ Edit ]
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