ご案内お知らせ短編連載「マスカレイド」書評動画
自作小説(短編中心)と書評(というか感想文)。 ジャンルはミステリィが主体です。
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2006.11.29 Wed
「ここ、いいですか」
 唐突に声をかけられて、私は顔を上げた。
 背の高い男が少し腰を曲げて私の方をうかがっている。椅子に腰掛けている私は自然、見上げる形になる。一瞬反応が遅れた私に、男は右手で私の向かいの椅子を指して「お邪魔しても?」と訊いた。
「ええ、どうぞ」
 軽く微笑を作って答える。
 朝。馴染みの喫茶店。相席を求められたのは初めてだ。見渡せば珍しく満席。コーヒーが美味くて店内が静か、待たずに入れる穴場だったのだが。そろそろ新しい店を探す頃合いなのか。
 男は「では失礼して」と呟くように言って、音も立てずに椅子に座った。動作が滑らかだ。背広を着ているが、会社員だろうか。若いが、きっと有能だろう。私は勝手にそんな想像をする。
 彫りが深く、印象に残る顔だ。見たことがあるなら覚えているだろうから、初めて会う人物だと断言できる。それに私は人の顔を覚えることが得意だ。
 男は水を持ってきた従業員にカプチーノを注文する。よく朝からそんな甘い物が飲めるものだ。私は無関心を装って、カップを口に運ぶ。この香りと酸味。コーヒーをブラック以外で飲む人間の気が知れない。
 カップを置くと、私は窓の外に目を遣った。往来には人通りが増え始めている。十一月、もう風は寒い。マフラをつけている人も、何人か目についた。いつもの風景。ぼうっと眺めていると、向かいの男にコーヒーと朝食が運ばれてきた。トーストとベ-コンエッグ。
 私はもう食べ終わっていて、残っているのはコーヒーだけ。男が食事を終えるまで待っている義理はない。他人が物を食べるのを見ているのはお互いにあまり気持ちの良いことではないし、もう店を出ようか、と考えていた。
 男はカプチーノを一口飲む。そして私に顔を向けた。
「ここのコーヒーは美味しいですね」
「ええまあ」
 どう答えて良いものか咄嗟に思いつかず、適当に相槌を打つ。話しかけてくるとは思っていなかった。コーヒーを飲み干してしまうつもりだった私は、カップに伸ばしていた手を止める。今席を立てば失礼に当たるだろう。向き直って、こちらから話を振る。
「この店は初めてですか?」
「いえ、常連ですよ」
「私もです。平日のこの時間はいつもここで」
「そうですか。いつも僕は昼過ぎに来るので」
「通りで。今までお見かけしなかったわけですね」
「ええ。僕、朝は遅いので、モーニングの時間に間に合わないんですよ。今日はちょっと仕事の都合上、早起きしたんです」
 この店のモーニングは十時までだ。平日十時以降に起床するなんて、まともな社会人ではない。私は首を傾げた。
「お仕事は、何を?」
「何だと思いますか」
 疑問を口にしたら、逆に問い返された。
 変な男だ。興味が湧いた。
「そうですね……、実は大学生、とか」
「え、そんなに若く見えますか?」
 私の見立てでは三十前半。さすがに大学生というほどは若くはないだろう、というのが正直なところだった。私は口角を上げて、「まだまだ大丈夫ですよ」と答える。
 男は小さく笑った。
「お世辞でも嬉しいです。なるほど、学生なら朝遅くても構いませんからね。もし学生だとしたら、どうして今日僕は背広を着ているんだと思いますか」
「就職活動」
 私は短く答える。
 男は目を丸くして驚いてみせる。
「うーん、お見事ですね。今日に限って僕が早起きした、という伏線を上手く回収なさっている」
「褒められても困りますよ。ただの空想です。それで本当のところは? まさか正解ではないでしょう」
「ええ、違います。僕のことより、貴方は何をなさっている方ですか」
「何だと思いますか」
 男の真似をして、切り返す。
 男は、そうだなあ、と数秒目を泳がせてから答えた。
「柳場自動車工業本社に勤務しているビジネスマン」
 私は硬直した。
 ――当たっている。
「どうしてわかるんですか」
「あ、もしかして的中ですか?」
「まさしく、私は『柳場自動車工業本社に勤務しているビジネスマン』です。でも私は貴方に何処かでお会いした覚えはありません。何故わかったんですか」
「何故だと思いますか」
 また質問が返ってきた。少し、苛立ちを覚える。
 私が考え始めると、男はトーストにバターを塗ってかじり始めた。
「――私に覚えがないだけで、実はお互いに知り合い」
「違います」
「貴方も柳場自動車工業に勤めていて名簿かなにかで私の顔を見た」
「違います」
「貴方は探偵で誰かに雇われており、私のことを調べている」
 私が思いついた最後の仮説を提出すると、男はトーストを置いて、カプチーノを一口ごくりと飲んだ。
「違います。もう思いつきませんか」
「無理です」
 首を振った私に、男は気取った様子で一本指を立てる。
「一つ目。貴方は時計を気にしておられない」
「え?」
「店内の掛け時計も、貴方の左腕の腕時計も、携帯電話ですら、貴方は見ようとはしなかった。一度も、ですよ」
「それは……言われてみれば、そうですが」
「貴方は僕に話しかけられて予定が狂った。本来ならもう貴方はコーヒーを飲み干してこの店を出て、会社に向かっているはず。ですよね?」
「ええ、そのつもりでした」
「もうすぐ八時です。もう会社員風の客はどんどん出て行きますよ。それに通りも、ほら出勤する会社員でいっぱいだ」
 促されて外を見ると、地下鉄の駅から下りてきた背広の男たちがぞろぞろと列を作って会社に向かっていた。
「あ……」
「そう。この時間になっても貴方が全く慌てない、ということは貴方の会社の勤務開始時間は今会社に向かっているこの人たちよりもずっと――おそらく三十分くらいは遅いということです」
「通勤ラッシュを避けて出勤できるように、と会社が最近勤務開始の時刻を八時十五分から八時四十五分に変更したんです。そうか……、でもそれだけでは絞り込めませんよね。この辺りには私の知る限り、柳場自動車工業を含めて三社、同じ制度を導入している会社があります。ご存知、なかったでしょうが」
 私は余裕を取り戻して溜め息を吐いた。
 しかし、男はにっこりと笑う。
「いえ、知ってます。HOSHINOエレクトロニクスと山田書房ですよね」
「――知っているんですか? じゃあどうして柳場自動車工業だと」
 男は笑みをますます深くする。
「だから言ったでしょう、一つ目、と。もう一つあるんですよ。僕が話しかける前に、貴方は窓の外を眺めてらっしゃいましたね? そのときに、貴方はここから見て左……、方位で言えば東ですか、その方向に向かう人ばかりを目で追っていました。ご自分で気付いていましたか?」
「――いや、意識してなかった」
「そうでしょうね。貴方は無意識に自分の会社の方向へ歩いていく人に注意を向けていたんです。僕が時間の話をするときに、貴方にわざわざ窓の外を見るよう促したのはそれを確認するためでした。このときもやっぱり貴方は同じように目を動かしていた。――さて、この喫茶店から東側にあるのは、先程挙げた三社の中では……」
「柳場自動車工業本社ただ一社、というわけですか。これは驚いた。とんだところにシャーロック・ホームズばりの名探偵がいたものですね」
 私は素直に感心する。拍手を送りたい気分だった。
 観察力と洞察力の鋭さ。私の周りにこういう人間はいない。
 男は照れたように頭を掻いた。
「いえ、探偵は探偵ですが、名探偵と名乗れるほどじゃありません」
「探偵? ――え、貴方本当に探偵なんですか」
 私は呆気にとられた。そして何故今日私に接触してきたのか、と考えて、次の瞬間には、暴かれる、という予感が、私の表情を強張らせていた。別に疾しいことなど、何もないのに……。
「あ、安心してください、別に貴方を調べてるわけじゃあありませんよ。第一調べてる相手に直接話しかけたりするわけないじゃないですか」
 私の変化を見て取ったらしい探偵は、宥めるように言った。
 それもそうだ。私は肩の力を抜く。
 何を怯えているんだ、私は。
 自分の滑稽さに苦笑する。
「参りました。現実に探偵と呼ばれる職種の人に会ったのは初めてですよ。良いんですか、私みたいな一般人に正体をばらしても」
「いえいえ、正体をばらして宣伝しないと、商売上がったりですから」
 気がつくと男は料理を食べ終わっていた。私も冷めたコーヒーを飲み干す。二人同時に立ち上がって、会計を済ませ、店を出た。八時二十分。もう殆ど人通りはない。
「ここであったのも何かの縁ですので、これ、差し上げます」
 男が差し出したのは名刺だった。「水星探偵事務所」とある。
「スイセイ?」
「いえ、ミズボシです。偽名ですけどね。あ、一応僕が所長です。困ったことがあったら遠慮なく利用してください。安くしときますよ」
 私は笑って受け取った。自分の名刺も出そうかと思ったが、やめておく。
「また会えると良いですね」
「そんなこと言わずに、僕に仕事を持ってきてくださいよ。待ってますから」
 それじゃあ、と片手を挙げて水星は私に背を向けて歩き出す。
 私も会社に向かおうと、一歩踏み出しかけた。
「あ、言い忘れていました」
 後ろから探偵の声。
 振り返ると、水星が立ち止まって、頭だけこちらに向けている。
「さっきの推理もどきは、嘘です」
「――は?」
 頭の中が真っ白になった。何を言い出すんだこいつは。
 水星は自分の胸ポケットを手を遣った。私もつられて同じ行動をする。
 何かが、指先に当たった。不審に思って取り出す。
 ――それは、柳場自動車工業オリジナルのボールペンだった。
「てことは……、全部、後付けで……」
「そういうことです。騙すつもりじゃなかったんですが、あまりにも素直に驚いてくれるので言い出しにくくなってしまって。ごめんなさい。でも探偵なのは本当なんで、よろしくお願いしますよ。じゃ、また」
 私は口を半開きにしたまま、探偵が去っていくのを見送った。
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マスカレイド,フーダニットって何??
2006.11.30 Thu 21:19 URL [ Edit ]
とりねこ。
マスカレイドは仮面舞踏会。
フーダニットは犯人当て。
2006.11.30 Thu 21:23 URL [ Edit ]
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