ご案内お知らせ短編連載「マスカレイド」書評動画
自作小説(短編中心)と書評(というか感想文)。 ジャンルはミステリィが主体です。
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2006.12.06 Wed
 カレンダの一つもかかっていない、新品同様の真っ白な壁、床、天井に四方を囲まれている。南側にはスモークガラスの大きな窓。部屋の中央には、黒く光沢のある小さな丸テーブルと、金属製の椅子が二脚。テーブルの上にノートパソコンが一台。この部屋にあるものはそれで全部。
 あまりに、生活感がない。
 怪訝そうな私の顔を見て、探偵は苦笑した。
「僕、ここには殆どいないんですよ。この事務所を使うのは今日みたいにアポイントメントを受けた依頼人と会うときだけです」
 見たところ、探偵事務所に他の従業員はいなさそうである。自分は所長だ、と言っていたのは一人で勝手にやっているという意味だったのだろう。
「どうぞ、お掛けください」
 水星とテーブルを挟んで向かい合うように座る。
 さてと、と独り言を言いながらノートパソコンを起動させる水星。私は改めて彼を観察する。短めの髪は自然な茶色。やや太めの眉、鋭いながらも何処か幼さを残している大きな瞳、日本人にしては高い鼻梁。知的さと無邪気さが同居しているような容貌だ。服装は、グレースーツで地味な印象だが、ネクタイはエルメス。腕時計はしていないように見える。
「一応暖房は入ってるんですが、まだ暖まりませんね。そうだ、コーヒーはお飲みになられますか。外の自動販売機で缶コーヒーを買ってきたんです」
「いただきます」
 有り難かった。小さなエアコンが稼働しているだけの部屋の中は、殆ど屋外と同じ気温で、私はまだコートを脱げずにいる。ここにはコーヒーメーカどころか給湯器もガスコンロもないようなので、温かい飲み物にありつくこともできないだろう、と悲観していたところだった。
 水星が差し出したのはブラック無糖のジョージア。喫茶店で会ったときに私がコーヒーにミルクも砂糖も入れていなかったことを覚えていたのだろう。さすがに探偵、細かいところまで見ている。水星本人は甘そうなミルクティを手にしていた。
 私は缶の熱で両手を暖める。探偵はすぐにプルタブを開けて一口飲んだ。
「まず、自己紹介してもらえますか」
 水星に言われて、はたと気がつく。そうだ、まだ私は名乗ってさえいない。
「風間昌吾、二十八歳。柳場自動車工業に勤務。マンションに一人暮らし」
 これくらいで十分だろう。私は鞄から名刺を一枚取り出して探偵に渡す。ありがとうございます、と受け取った水星は、その名刺を見もせずにパソコンの脇に置いた。
「しかし、二十八ですか。いや、年の割には落ち着いていらっしゃる。僕より上なんじゃないかと思っていたぐらいです」
「単純に老けてるだけですよ」
 ややかじかんでいた指の関節が大分ほぐれてきたので、私もジョージアを飲む。ブラック無糖とはいえ、私の好みの味ではない。所詮は缶コーヒー、期待はしていなかった。
「一人暮らし、ということは結婚していらっしゃらない」
「ええ」
「他に、ご家族は」
「四年前に母が死んで以来、天涯孤独です」
 そうですか、と探偵は感情を込めずに言うと、パソコンに目を移した。キーボードを何度か叩いてディスプレイに何やらドキュメントを表示させる。私に関するデータを入力しておこうというのだろう。たたたたた、と探偵が指を走らせる。探偵はディスプレイから目を外していない。ブラインドタッチ。
 数十秒で水星は入力を終え、私に向き直る。
「さて、ということは……、今回の依頼はお父様のことですね」
 探偵が何気なく言った一言。まただ。また当たっている。
 こう何度も意表を突かれると、驚く気も失せる。
「――どうしてわかったんです。調べたんですか」
「かまをかけただけですよ」
 探偵は平然と言う。
「普通、独身の依頼人に家族のことを尋ねると、『そんなことまでお話ししなきゃならないんですか』とか、『今回のこととは関係ありません』といった返事が返ってきます。殆ど初対面に近い僕に、ぺらぺらと教える必要のないプライヴェートな情報を漏らすつもりはないんでしょう。でも貴方はそうじゃなかった。四年前にお母様がなくなったこと、他には誰も家族と呼べるような人間がいないことをすぐに答えてくれましたね。――それは何故か、というと、今回の依頼が家族に関する……、それもおそらく、死んでしまった母親ではなく、いるはずなのにいないことにした父親に関する事柄だから……。と勝手に推測しただけです」
 いるはずなのにいないことにした父親。
 探偵の言葉はあまりにも的を射ている。
 私は小さく頷いて話し始めた。
「生まれたときから、私には父親がいませんでした。母は身一つで私を育てたのです。父親は遠いところにいるんだ、と私に繰り返し言ってきかせました。――何ともありがちな話で、申し訳ない」
 水星は首を振って、「続けてください」と静かに促す。
「三日前、その父親から突然手紙が来ました。――真山勝春って、ご存知ですか」
「ええ、知ってます。ちょっと前まで、よくニュース番組に出ていた評論家ですよね。その真山勝春氏が、貴方のお父様だと?」
「そうです。私は全く知らなかったんですが。本も何冊か出しているようです。勝春の手紙にはどうして私と今まで連絡を取らなかったかが書いてありました。母と関係を持ったとき、勝春には既に妻子があったらしい。いわゆる不倫です。不注意で妊娠した母は、勝春の反対を押し切り私を出産。母は認知を求めたようですが、勝春は自分の家庭を壊したくなかったため、拒否したわけです。母はそんな勝春と縁を切り、私と二人で生きることにした」
 乾きを感じて、私はコーヒーを少し口に含む。冷めていて、余計に不味い。
「勝春は資産家です。元々親が金持ちで、勝春自身も有名人になって、TVの出演料や本の印税でかなり稼ぎましたから。その資産家が……、最近末期がんの診断を受けた。――もうわかりますよね、手紙の内容」
「遺産相続……、ですか」
「そう。相続人になるだろう人物は、彼の妻、娘、それから私の三人です。一度集まって話さないか、という内容でした」
「貴方は何と?」
「相続するにしても、辞退するにしても、相手方に会ってみなければ話になりませんから。とりあえず、受けることにしました。日時は来月第二週の日曜日。勝春の誕生日で、パーティめいたことをやるんだそうです」
 私は淡々と話した。
 一切、自分の感情について触れずに。
 探偵は訊いてくるだろうか、と私は考える。
 自分を捨てた父親が、守ってきた家族。彼らに会って、何を話したいのか。
 父親が憎くないか。遺産は欲しいのか。
 いや、この探偵は。
「それで、依頼内容は?」
 訊かない。
 プロだから。他人の心なんて、説明されても伝わらないものだと、知っているから。同情など求められていないことがわかっているから。
 私は手に持っていた缶を、テーブルに置く。
「真山勝春とその妻子、その他パーティに招待された人物についての情報が欲しい。勿論彼ら自身には知られずに、できるだけ詳しく。期限は来月第一週の日曜まで。受けてもらえますか」
 水星の顔を見上げると、彼はにっこりと笑っていた。
「まず汝の敵を知れ……、というわけですね。いいでしょう、承りました。――私立探偵水星聖夜、この名に誓って最高の成果を挙げてみせましょう」
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しましま1号
なんだか長期連載の様相を呈してきたね(笑)
長期連載、頑張ってね~★
2006.12.07 Thu 10:16 URL [ Edit ]
とりねこ。
が、頑張ります……
こんなはずじゃあなかったんだけどなあ。
今年中に終わらなかったらどうしよう。(どうしようもない)
2006.12.07 Thu 10:24 URL [ Edit ]
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