ご案内お知らせ短編連載「マスカレイド」書評動画
自作小説(短編中心)と書評(というか感想文)。 ジャンルはミステリィが主体です。
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2006.12.12 Tue
 調査を始めてからは、直接会わない方が良い。そう提案したのは水星だった。調査資料を印刷することも危険だ。それはそうだと納得した私は、自宅のコンピュータのアドレスを教えていた。
 十二月、第一週日曜。期限当日。夕食を外で食べて、家に帰ってきてからはずっとパソコンの前で探偵からのメールを待っていた。九時を回った。まだ連絡はない。
 さすがに、忘れたということはないだろうが。私は少し不安になって、電話してみようかとも考えた。しかし期限を過ぎたわけでもないのに急かすというのは、余裕のない振る舞いだと受け取られるだろう。
 結局何もしないで待つより他になくて、私はニュースサイトを巡って時間を潰す。
 十時を過ぎた。十時半になったらやはり催促しようと考え始めたとき、メール受信の表示が出た。差出人不明、件名なし。開く。
「水星です。一通りの調査が済みましたので添付ファイルにて報告します。パスワードを設定しましたので、ファイルを開く際には、事務所で僕がしていたネクタイのブランド名を半角英数字(小文字)で入力して下さい」
 このメールがクラッカの類いに盗み見されていた場合のことを考えると、調査内容の報告書にロックを掛けておくのは当然だ。だがしかし、事務所で探偵がしていたネクタイのブランド? もし私が覚えていなかったらどうするつもりなのか。
 私は添付ファイルを開き、表示された入力フォームに「hermes」と打ち込む。パスワードは承認されて、ドキュメントが展開された。
 確かに、私と水星にしか通じないパスワードではある。私や水星の素性を知っていても、私と水星との関係を知っていても、あるいはたとえ私と水星の事務所での会話を盗聴していたとしても、探偵のネクタイのブランドまでは知ることができない。
 だからといって、私がそんな細かいことに目を留めて、しかも記憶に残しているとは限らない。実際私が覚えていたのは、あの日探偵が地味なファッションに何故かネクタイだけはブランドものをしていることに違和感を感じたからで……。
 ――まさか。
 初めから私にネクタイを印象づけるために、あんなちぐはぐな服装を選んだのか? ――いや、あり得る。あの探偵なら、それぐらいのことはするかも知れない。
 今頃水星は、戸惑う私を想像してくすくす笑っているのだろう。私はやれやれ、と首を振って、早速資料に目を通すことにする。ざっと量だけ確認するとA4で五十ページ以上あった。探偵はどうやら期待以上の仕事をしてくれたらしい。
 見れば顔写真、全身写真、年齢、身長、体重、経歴などのプロフィールに始まり、依頼してから今日までの二週間、ターゲットがどのような行動をしたかということまでこと細かく記されている。何時に起床したか、どこに出かけたか、誰とどんな話をしたか。とても水星一人で調べあげたとは思えない情報量である。もしかして、水星探偵事務所には彼の下で働く従業員が何人かいるのだろうか。
 とりあえず、順に読んでいくことにする。全部読んでいたらきりがないから、必要そうに思われるところだけピックアップしていく。
 真山勝春。
 ――私の父。六十八歳、ということはパーティで六十九になるのか。写真を見る。ちょびひげに禿頭、腹の出た姿はいかにも中年男だ。大きな顔の真ん中に団子鼻、その下には小さな口がちょこんと突き出た、何とも滑稽な容貌だが、しかし眼光は鋭い。年の割には、若く感じられる。ああ、テレビで何度も見た顔だ。この男が。
 社会評論家としての経歴は知っていることが殆どだったので流し読みにする。私が知りたいのはプライヴェートでの勝春だ。スクロールしてページを捲る。それらしい記述を見つけ、私はドラッグしてその部分をハイライトする。
「友人たちの前では饒舌だが、家では無口。基本的に家族との間に会話はない。しかし家族の関係に不和があるわけではなく、単にお互いの生活に干渉しない、という方針の現れのようである」
 意外な印象を受けた。
 ニュースやワイドショーでコメントを求められて、強い口調で語る男。てっきり家でも亭主関白で、俺が一家の大黒柱だとふんぞり返っているものだと思っていた。
 お互いの生活に干渉しない、家族。
 私には想像ができない。私にとって家族とはイコール母のことである。私が頼りにできるのは母だけだったし、また母が支えにしていたのは私だった。私たち二人の関係は、依存的なものでさえあっただろう。
 私は家庭での勝春の様子を想像しながら、悔しいような、羨ましいような気持ちになった。一人一人自立した、健全な家族関係。社会的立場があり、尊敬できる父親。――私には父親はいなかった。
 首を軽く振って、パーティに関する記述を探す。
 ――あった。
「勝春が数えで七十歳(古希)を迎えることを祝うというのが目的。もう一つの目的は遺産相続の分配の相談を関係者全員集めて行うこと。懐石料理が振る舞われる予定。また、当日は参加者全員が、勝春所有の能面のどれかを着用する」
 能面?
 勝春所有、ということは勝春には能面蒐集の趣味があるという意味なのだろう。それにしたって、能面でパーティだなんて聞いたことがない。中世ヨーロッパの仮面舞踏会の日本版をやろうというのだろうか。西洋の仮面は鼻から上だけを覆うものだから良いが、能面に顔全体を覆われてしまったら何も食べられないではないか。
 一体何を考えているのだろう。
 一通り思考を巡らせるが、思いつかなかった。
 ふと時計に目をやると、もう日付が変わっていた。私は早く寝て早く起きる習慣が身に付いているので、この時間になるともう眠くなってしまう。あくびが出そうになるのをかみ殺して、ディスプレイに集中する。寝てしまう前に他の参加者についての情報も見ておきたい。
 ――勝春の妻、真山緑。
 顔には見覚えがあった。やはりテレビで見たことがあるのだ。勝春と並んで何かのバラエティ番組に出演していた記憶がある。五十八歳、つまり勝春より十も下だが、まだ中年で通じそうな勝春に比べると随分老けて見える。後ろで一つにまとめられた髪は既に白髪で、口元に皺が目立つ。上品そうな微笑を浮かべているが、銀縁の眼鏡の奥からのぞく目つきは厳しい。全身写真を見ると、腰がかなり曲がっているのがわかる。
 経歴を眺める。東北の農村から、東京の有名大学に進学。ゼミでたまたま彼女の担当になった勝春(当時社会学部人間社会学講座の助手)と恋に落ち、卒業してすぐに結婚、その四年後娘を一人授かった。
 結婚してからは専業主婦として家事と子育てに身を捧げているが、最近は人気評論家の妻としてエッセイを発表して、それなりの評価を得ているらしい。読んでおいた方が良いだろうか。
 娘、真山梢。
 三十二歳。大柄な体つき。厚手のコートを着ているせいだろうか、小太りに見える。両親から受け継いだらしく、目つきはきつい。その他の顔のパーツは、父親に似たのだろう、お世辞にも可愛らしいとは言えなかった。
 両親と同じ大学、同じ学部を卒業し、現在某新聞社に勤務。独身。
 結婚はしないのではなくできない、らしい。容姿の問題もあるのだろうが、それだけならば金持ちのお嬢様なのだ、逆玉の輿を狙って相手はいくらでも現れるだろう。それよりも、真山家は旧家で、その一人娘の夫になる人物は婿養子にならなければならない、ということの方が障害になっているらしかった。
 真山家三人の輪郭を何となく掴んだところで、私は手元に置いてあったセブンスターを一本取り出して火を点けた。煙を吸いながら、実際に彼らと会うときのことを想定する。勝春は初めて会う息子にどんな感想を抱くだろうか。プライドの高い緑は、夫の愛人が生んだ子供にどんな悪罵を放つだろうか。そして彼ら二人の一人娘、梢は、家族をぶちこわすかも知れない新しい弟にどんな敵意を向けるだろうか。
 ――私は彼らに勝たなくてはいけない。
 一旦思索を打ち切り、灰皿に煙草を潰す。
 次。弁護士、金山和孝。
 五十三歳。燕尾服に蝶ネクタイ、一見執事風である。灰色の髪はオールバック。切れ長の目、すっきりと通った鼻筋。涼しげな醤油顔で、若い頃はモテただろう。
 金山は二十年以上前から真山家の顧問弁護士として雇われている人物で、今回の遺産相続に関することも、法律上の手続き等は彼に全てまかされている。今回のパーティに呼ばれるのは当然か。
 医師、空木貞人。
 三十九歳。ひょろっとした体躯、天然パーマの短髪、細く吊り上がった目。何処かアンバランスな雰囲気の男だ。医師という肩書きもピンとこない。
 勝春の主治医らしい。彼をパーティに招待したのは、万が一勝春が倒れたときのことを考えて、ということだろうか。
 これでパーティに参加するメンバ全員の概要を俯瞰したことになる。私を入れて六人、か。本当に遺産相続の関係者、必要最低限の人間だけ集めた、という印象だ。
 時刻は二時半。そろそろ私の眠気も限界に近い。
 今夜はもうこれくらいにしようか、とファイルを閉じる。
 Windowsを終了させようとマウスを動かしたとき、再びメールを受信した。
 ――こんな時間に? きっとダイレクトメールだろうが。
 私は一応確認する。
 ――また、水星からだった。
 開く。
「水星です。夜中にすみません。どうしても急ぎでお知らせしておきたい情報が入ったものですから。真山勝春が探偵を雇ったようです。未確認の情報ですから、確かなことは言えませんが、ひょっとしたら今回の件、危険があるかもしれません」
 危険?
 何故相手が探偵を雇うと危険なのだろう。
 私は不審に思いながら先を読む。
「こちらの情報が正しければ、相手の探偵は『デウス・エクス・マキナ』と名乗る人物です。都市伝説みたいな存在で、『絡まった糸を解きほぐす』という目的のためなら『手段を選ばない』と噂されています。何人かの探偵と情報屋が追っているんですが、一向に尻尾が掴めない。その理由は、目撃者の証言がことごとく食い違う、からです。男だったり女だったり、老人だったり子供だったり、見た人によって『デウス・エクス・マキナ』の容姿はバラバラです」
 ――あり得ない。
 天井を仰ぎながら、私は椅子の背もたれに寄りかかる。
 水星は本気で書いているのだろうか。『デウス・エクス・マキナ』? 『手段を選ばない』? 見た人によって容姿が違う? 怪人二十面相じゃああるまいし、そんな人間がいるわけがない。
 しかし、水星はこういうところで冗談を言う人間ではない。
「おそらく信じていただけないと思います。僕も何人かの同業者から聞いたんですが、未だに半信半疑です。ですが、警戒するに越したことはない。勝春が本当に『デウス・エクス・マキナ』を雇ったとして、何を依頼したのかもわかりませんが……、わからないからこそ、気をつけてください。以上です。正確なお話ができなくて申し訳ありません」
 水星のメールはそこで終わっていた。私は眠気が覚めてしまって、ベッドに横たわってもしばらく、水星からの警告に思考が捕われたままだった。
 ――『デウス・エクス・マキナ』。
 ギリシャ悲劇の手法の一つだ。直訳すれば、機械仕掛けの神。どうしようもない悲惨な状況を、突然現れた神がその奇跡によって解決、大団円にもっていってしまうという強引なやり方のことである。
 その名を自称するということは、それだけの自負があるということか。
 都市伝説。変幻自在の謎の探偵。
 現実離れしている。そんなものが私に迫っていると言われても、実感が湧かない。
 しかしそれでも、そんな存在が私を阻んだとして、
 ――私は、負けるわけにはいかないのだ。
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週刊連載小説と思って気長に読むからがんばって続けてくれ~い('‐')
2006.12.18 Mon 23:49 URL [ Edit ]
とりねこ。
うん、頑張る……
まだ全体の三分の一くらいな気がするけど。年内は……、無理そうだなあ……
2006.12.18 Mon 23:55 URL [ Edit ]
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