ご案内お知らせ短編連載「マスカレイド」書評動画
自作小説(短編中心)と書評(というか感想文)。 ジャンルはミステリィが主体です。
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2007.03.07 Wed
 日が沈んで。
 私と空木を食事会を行う和室へと案内するために、緑が再びやって来た。
 勝春と緑の娘、梢が迎えに来る可能性も考え、覚悟もしていたのだが。
 緑はしずしずと、私たちを先導して板張りの廊下を歩く。私は空木と、この屋敷の立派さについて世辞を言いながら、頭では未だ見ぬ梢のことを考えていた。
 梢。腹違いの姉。
 血の繋がった身内は、勝春だけではない、のだ。
 私の中には、どんな女なのか、早く確かめたい、という先走った思いと、できればこのまま会わずに済ませたい、という臆病な思いとが同時に存在している。しかしそんな葛藤など露ほど見せずに、私は空木と並んで、緑の歩速に合わせて淡々と歩く。
 パーティの参加者の中で、現時点で私が会っていないのは梢ただ一人だ。まだ殆ど誰にも会っていないような気がするが、考えてみれば、今回のパーティ、純粋に客と呼べるのは私と空木だけなのだ。
 内輪だけの祝いの席。そうなれば遺産の話になることはもはや確定された事柄だが、その内容はどんなものだろう。私はあらかじめ想定してきた幾つかのパターンについて、私のとるべき言動・態度を脳内でシミュレートする。何度か繰り返すうちに、高ぶっていた心がだいぶ落ち着いた気がした。
 和室は客間からそう離れていなかった。
 緑が襖を開けて、自分は廊下に残ったまま、私たちを中へと促した。来客用のスリッパを脱いで、敷居を踏まないよう気をつけながら室内に入る。
 十二畳の空間である。中央に料理の並べられた座卓、その足元は掘りごたつになっている。
 座卓の周りには、座布団が六枚。三人ずつ向かい合う形である。
 庭に面した側の、出入り口に近い席に、小太りの女が足を崩して座っていた。
 真山梢――やっと登場か。
 化粧の濃い女だ。マスカラ、アイシャドウ、口紅。どれをとってもやりすぎだった。服装は白黒の市松模様のワンピースで、こちらも派手である。
 相手が座っているのにこちらが立っているのは失礼だ。すぐに判断して、私は彼女の前に正座する。勿論勝手に座布団へ腰を下ろすような愚は犯さない。
 後ろから空木、緑が続く。空木はうろうろしながら適当な座布団に座った。緑は入ってくるなり正座して、後ろ手に襖を閉め、私と梢の両方の顔が見える位置に座り直す。
「梢。――こちら、風間昌吾さん」
 緑は短く私を紹介した。私は両手を膝に当てて頭を下げる。
「はじめまして。風間昌吾です」
 梢は誰の目も見ず大儀そうに、知ってるわ、と答えた。
 傲岸不遜……か。私は心の中で彼女の器の小ささを嗤う。
 一瞬苛立ちを顔に浮かべて――おそらく身内の恥を晒したと思ったのだろう――、緑はすっと腰を上げた。私に対して梢を紹介しようという気はないらしい。
「では、主人を呼んで参りますので。そちらにお座りになって、しばしお待ちを」
 そう言い残して、襖を開けて、廊下に出て、襖を閉めた。
 足音が遠ざかっていく。
 ――残された三人の間に、しばらく会話は生じなかった。
 緑がいなくなったのだから、この場を取り持つのは梢の役目のはずだが、梢は相変わらず私たちから目を逸らしたまま口も開こうともしない。そもそも彼女は私に対して名乗ってすらいない。
 真山梢。
 金持ちの一人娘。未婚の中年女。
 私が予想した通りの、パーソナリティの持ち主のようだった。
 黙ったままの女の前にいつまでも座っていても埒が明かないので、先ほど緑に勧められた、空木の隣の座布団に移る。
 空木はというと、私と梢の顔をたまに窺いながら、居心地悪そうに背を丸めていた。
 私は見るとはなしにテーブルの上の料理を眺めた。
 メニューは典型的な懐石料理である。料理の内容量は決して多くないのだが、品数がかなりあるために卓上の相当のスペースを埋めている。肉、魚をメインにした料理が殆ど含まれていないのは、勝春の体調を意識してのことなのだろう。
 真山家は資産家だが、家政婦を雇ってはいない。だからこの懐石料理も作ったのだとしたら緑が自ら手がけたことになるが、どうだろう、さすがにこれだけの品数を用意するのは難しいのではないだろうか。ある程度は出前で補ったと考えるのが自然か。
 そんなことを何の気なしに考えていると、梢がこちらに身を乗り出してきた。
「ねえ、タバコ持ってる?」
「は?」
 私は呆気にとられて聞き返してしまった。
 梢は一文字ずつゆっくり発音してみせる。
「タ、バ、コ」
「いえ……、持ってませんが」
「持ってない? もしかして吸わないとか?」
 馬鹿にするような言い方だった。
 私はかちんと来て、「初めて会う人との食事の席で、タバコを吸うような無神経な人間ではないものですから」という台詞を思いつく。だがこんなところで喧嘩を売っても始まらないから、自制。
「吸いますが、今日は忘れてしまって」
 私は適当にやり過ごす。梢はふん、と鼻を鳴らした。
「役に立たないわね。空木さんは持ってるでしょ」
「はあ。マイルドセブンなら、持ってますけど」
「一本頂戴」
 空木は表情を変えることもなく、手際よく箱から一本取り出して、ライターと一緒に梢に渡す。梢のこういった振る舞いに慣れているのだろう。
 梢はくわえたタバコに右手のライターで火を点けた。黙って、吸い始める。
 自分が招いた気まずい沈黙に耐えられなくなったのだろう、と私は、梢をさりげなく観察しながら考える。わざわざ人からタバコをもらっておきながら、吸い方がおざなりなのだ。
 梢はちらと私の方を横目で見た。
「――ねえ、風間さん」
 相変わらず、彼女は正面から向き合おうとはしない。
「何でしょう」
「――貴方一体何しに来たの」
「勝春さんから招かれたので」
 梢は目を細めた。
「何故招かれたのか、わかっていないわけではないでしょう」
 ――踏み込んでくるか。
 先手を取ってきたということ。ならばと私は挑発的に返す。
「それがどうしました」
「どうしたもこうしたもないわ。貴方、何の権利があって……」
「私に何の権利があるのか、決めるのは私でも、梢さん、貴女でもなくて、勝春さんだと思いますが」
 梢は一瞬言葉に詰まり、しかし次の瞬間には激しい口調で攻撃してきた。
「大体貴方、親孝行なんて全然してないじゃない。ずっと病院でがんと戦ってた父の見舞いにだって一度も来なかったわ」
「――そもそも勝春さんが私の父親だと知ったのは、つい最近のことです」
 私は動じない。その程度の非難は想定された範囲内だ。
 梢はますますエスカレートする。
「そんなの関係ない! あたしが言いたいのはね、今まで赤の他人だった人間が、ただ血が繋がってるからって今更のこのこ……、」
「やめなさい梢」
 ぴしゃり、と短く、力強く放たれた言葉に、梢は口をつぐんだ。
 私と空木ははっとして振り返る。
 緑に支えられ、金山を従えて、襖を開けて入ってきたのは……、
 ――真山勝春、その人だった。
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