ご案内お知らせ短編連載「マスカレイド」書評動画
自作小説(短編中心)と書評(というか感想文)。 ジャンルはミステリィが主体です。
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2007.04.14 Sat
 食事が始まってから数分の間は、箸を動かす音しかしなかった。
 誰も口を利かない。
 私がいるから、だろうか。それとも普段からこの家は、食事中に会話を楽しむということがないのかも知れない。
 水星の報告書を思い出す。彼は勝春について、『基本的に家族との間に会話はない』と述べていた。『家族の関係に不和があるわけではなく、単にお互いの生活に干渉しない、という方針の現れのようである』とも。
 勝春を窺うが、硬直した笑みに覆われた顔からは何も読み取ることは出来ない。
 緑も、梢も、淡々と箸を口に運ぶだけだ。
 これが……、家族というもの、なのだろうか。
 私と母との間にあった強すぎるほどの絆は、ここにはどこにもなかった。
 どちらが良かったのだろう、と考えるが、今更の話だ。
「この揚げだし豆腐、ほんまに美味いですな。これ、緑さんのお手製ですか」
 沈黙に耐え切れなかったらしく、最初に口を開いたのは空木だった。
 威嚇するような天神の面から、のんびりした関西弁が出てくるのは滑稽だった。
「いいえ。私が作ったのはかき揚げと、酢の物と、あとは汁物ぐらいです。他は皆、町の料亭で作ってもらいましたの」
 失策である。しかし、空木のフォローは早い。
「へえ。さすが、良い店知ってらっしゃいます。その料亭、教えてもらえませんやろか。いや僕、こう見えても和食には結構うるさいんですが、なかなかこれといった店が見つかりませんよって」
「あらそうなんですか。では今度ご一緒にいらっしゃいます?」
「いやあそれは有難い。是非に」
 自然に雰囲気を良い方向へ持っていった。もしこの状況に陥ったのが自分だったら、ここまでうまく対応できなかっただろう、と考えた。
 私にはトラブルを処理する能力が不足している。ならばトラブルは起こさないことだ。軽率な発言は控えるべきだ。ましてや私は、彼らの心情的には『招かれざる客』なのだから、一歩踏み間違えれば取り返しのつかない状況を作ることになるだろう。
 空木と緑は、この辺りでおすすめの料理屋を話題にして、和やかに会話を続けていた。そこに金山も時々話に加わって、少しだけ祝いの席らしい、賑やかな食卓になる。
 私と梢、そして勝春は……、互いに様子を見ながら、相変わらず口をつぐんでいた。
 六枚の仮面が、時折視線を交わす。
 作り物の顔。声だけが、明るく響く。
 何を考えているのか。
 見えるのはただ唇。食べては喋る、唇の動きのみ。
 これは宴。――あやかしの、宴。
 皿が半分ほど空になった頃、再び会話が立ち消えた。
 かちかちと、箸が皿に触れる音だけが、耳に聞こえる。
 今度は空木も、静寂を破ろうとはしなかった。
 空気が重くなる。
 能面たちが、ちらちらと揺れる。うつむきながら、上座を気にしている。
 皆が待っているのだ。主人の言葉を。
 勝春は箸を置いて、お猪口をあおった。
 ことり。
「どうだ、楽しんどるか」
 私は顔を上げる。勝春がこちらを見ていた。いきなり私に振るのか。
 戸惑いながら、答える。
「はい、とても美味しく頂いております」
 翁面は、私の社交辞令にほんの軽く頷いた。
「突然呼び出して済まんかった」
「いえ。お招き頂いて光栄です」
 私は勝春の唇を注視する。
 老人の、乾いた唇。
 緑が酒を勝春のお猪口に注ごうとする。勝春はそれを手で制し、厳かに言った。
「私に残された時間は少ないのだ。本題に入ろう」
 本題。唾を飲む音は、誰が立てたものだったか。
「今日ここに皆に集まってもらったのは、私が死んだ後の、資産の扱いについて話しておきたかったからだ。緑、梢、そして昌吾。お前たちには法律上、私の遺産を相続する権利がある」
 ざわり、と何人かが身じろぎする。
 ここまでストレートに言うのか。腹の探りあいは終わりだと。
「昌吾については私が認知せんかったから、戸籍上は他人だが、なに、DNA鑑定でもすれば親子関係は証明できるだろう。法的には、緑が遺産の半分、梢と昌吾が四分の一ずつということになるな」
 ――法的には。
 つまり、遺言がなければという話である。
 遺言が残されていた場合、遺言によって指定された配分が法律に優先する。
 誰がどれだけ相続するか。勝春が全てを決めるのだ。
「――昌吾、お前とお前の母親には辛い思いをさせた」
「済んだことです」
 このタイミングでそれを言うのか。
 何が言いたい、真山勝春――。
「お父さん!」
 声を荒げて割り込んだのは梢だった。
「一体何を、まさかこの人に」
 およしなさい、と緑が嗜めた。梢は唇を噛んで顔を逸らす。
「梢。お前の気持ちもわからんわけではない。私だって昌吾に会うのはこれが初めてだ。はっきり言って、風間昌吾は真山家にとって他人以外の何者でもない。血は繋がっているが」
 ――勝春の言葉は正論だった。
 真山勝春。
 実の父親とはいっても、この男が私の人生に登場したのは今日が最初なのだ。たとえ実の親子だろうと、そこに家族としての関わりはない。
 しかし……、
「しかし梢、お前が相続するのなら、同じく実の子である昌吾にも、遺産を残さんわけにはいかんだろう」
 そうだろう。それが自然な考え方だ。
 ならばどうする?
 遺言など残さず、民法に定められた通りの配分のままにしておくのか。
 それとも若干、私の相続分を減らして……、
 だが次の瞬間、勝春は予想もしないことを言った。
「私がどう決めたところで、わだかまりは残る」
 ――困惑。
 何を言い出したのだ。だからどうすると言うのか。
 よく通る声で、勝春は続けた。
「遺産を巡って争うなぞ、醜いことになって欲しくない。だから――、」
 ――だから?
「だから私は誰にも残さんことにした」
 ――な、
 思考が凍る。
 緑も、梢も、口を呆然と開いて。
「死後の全財産を伝統文化保存のためのボランティア団体に寄付する。今朝までに遺言状を書き上げるから、金山、処理を頼んだぞ」
 見上げた翁の顔は、満面の笑みをたたえていた。
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